研究法:創造的研究を目指す

2016まで、毎年、千葉県言語聴覚士会主催研修会で『研究法』の講義をしていました。これはその補助資料として作りました。私の研究上の仕方、アイデアの出し方などを体験的、かつ率直に述べたものです。これから研究を目指す若い方の参考になれば幸いです。

はじめに

言語聴覚士協会からは、研究法について基礎的なことは最低限教えなさいと言われている。研究の概略については、研究方法の本があるのでそれを見てほしい。研究をするにあたって、最も基礎的な勉強は二つ 一つは統計学 自分はそれを知らなかったので論文を書くのが4,5年遅れた 英文も大事 専門の英文論文に早くから慣れ、辞書なし、一読で読めるようにしておく 英文が読めないとよい論文は書けない

それ以上に、自分の研究はどのような態度や発想法のもとで行ってきたかを伝えたい それらのほうがより大事だからである 研究法を知っていても研究のアイデアがなければはじまらない

研究法について同僚のやり方は知らない 聞いたこともないので知らない ただ自分がやってきたやり方だけは教えられる ただしこの方法が他の人にもあうかどうか分からない 性格的能力的に不向きな場合、無理にまねをしようとすると害になるかもしれない 読んだ人は自分の特性を合うかよく考えてほしい

なぜ研究するか

なぜ研究するか?患者を救うという動機や名分は当然 しかし最後は研究が楽しいからである だから続けられる 例えば研究の結果 世界で始めてある真実を知りえたという喜びは大きい

例 全失語の方は固有名詞をよく理解する1998 Kiyoshi Yasuda et al. Comprehension of famous personal and geographical names in global aphasic subjects. Brain and Language, 61, 274-287.

例 さらに初めて英語の論文が印刷され、それが千葉大医学部図書館で陳列されたのを見たときはうれしかった 1997 Kiyoshi Yasuda et al. Dissociation between semantic and autobiographic memory: A case report. Cortex, 33, 623-638.

世になかったものを発明することも他にかえられない喜びがある それが商品として売り出されるともっとうれしい

例 吸引歯ブラシ ファイン株 吸引歯ブラシハッピー(現在名は吸ティ歯ブラシ)と照明開口器ホタル 例 株エスコアール もの忘れが気になる方に:記憶サポート帳

研究向きの性格

研究にとってもっとも大事な点は何か (  ?  ) アイデア  実験の企画

このなかで( ? )が一番大事 アイデアや企画があっても実施する(  )がなければすすまない

例 初めて失語症者に談話を聞かせた時足が震えた

1990, 安田清ら 失語症者のラジオニュースの理解, 音声言語医学, 31. (1), 3-10. 1990

( ?)の中を、私は度胸や勇気と考える いくら良いアイデアがあってもそれを実行するには、度胸が必要だからである 研究は度胸だと言いたい その度胸は、自分の直観やアイデアを自分自身がどこまで信じられるかからくる

疑う心も大事 老子「道の道とすべきは常の道にあらず 名の名とすべきは常の名にあらず」 この言葉に17歳で知り納得した 常識や定説にとらわれない もともと人と同じことをやるのが嫌いな性格だった 先輩や同僚が反対しても正しいと思うことはやる 専門家でも聞いたことのない新しい研究の可能性の判断は難しい 反対されても自分が正しいと思えば、断固やる

例 先輩STは重度の失語症の方は自由会話はできないと反対した しかし、できた  2007 Kiyoshi Yasuda et al Effectiveness of vocabulary data file, encyclopedia, and internet homepages in a conversation support system for people with moderate-severe aphasia. Aphasiology, 21, (9), 867-882.

教えられたことを信じない 「豚が犬の背中を洗う」のような文で理解を見るのはおかしいと思った 現実にはありえないから そこで、実際に使われている談話の理解を研究した また「全失語は直らないので訓練しても無駄」と教えられた 疑問や反発心をもった ただ今までの方法では結果は明らか 別の切り口から解決策をさがす

例 右半球重視 QOL重視 ITの活用など 2006安田清 先生は間違っています:全失語の方とご家族へ 言葉の海 92号 10-11

アイデアをどう出すか

私は人からアイデアマンとよくよばれる しかし訓練の結果? 20歳ごろから1日1つアイデアを出すよう訓練した これが研究でもっとも大事 梅棹忠雄 岩波新書 「知的生産の技術」の方法を採用した メモ用紙にアイデアをためてゆく 何気ないひらめきを大事にし、それをふくらませるものである。

例 床屋で雑誌を見ていたら俳優の顔写真 そのうち使えるともらってきた STは一般名詞ばかりで理解を検討している その写真で人名などの固有名詞の理解を検討した 1989安田清ら 重度失語症者5症例の地名人名の理解,  失語症研究, 9, (2), 112-117.

悟りも大事 今までの方法の不合理性と限界やあたらしい可能性を悟る 今までの方法に拘泥しない

例 記憶障害や認知症に対し訓練は困難と悟った メモリーエイドが大事だと悟った その後ICレコーダーから指示をだしたら認知症患者はお辞儀をしてその機械に感謝した それで認知症へのIT支援の可能性を悟った 数年後、米国人工知能学会も同じことを言った 2001 安田清. 失語、失行、失認、記憶障害などの高次脳機能障害と工学的支援案, 電子情報通信学会技術研究報告; 思考と言語研究会TL2001-11, (2001-07), 15-22.

アイデアを得るため他分野の研究者と交流する 工学系の研究者と共同研究をしてきた ATR研究所客員研究員になった 今は京都工芸繊維大の特任教授 もともと数学音痴 マニュアル嫌い 今もパソコンをよく使えない しかし良いアイデアを持っていれば工学系や他分野の研究者と一緒に研究できる 良い臨床アイデアは他分野の研究者にとっても魅力がある そのようなアイデアはすぐにはでない 日ごろから貯めておく 新しい機械ができる前や興味を持ってくれる人に会う以前から、アイデアを貯めておく それでないと機会を逸する

学会もたまには他分野の学会に行く マンネリに陥らないように 自分は工学系の学会によく行く

例 私が今まで参加したのは、ロボット学会 人工知能学会 ヒューマンインターフェイス学会 バーチャルリアリティ学会 音楽療法学会 情報処理学会など

細かい内容は当然、理解できないが何を目指した研究かはわかる。臨床研究を望んでいる工学研究者も多い 臨床に使えそうであれば共同研究を申しこんでみる

常に質問を考えるようにする 言われたことを鵜呑みにしない 高校の時から先生が答えられない質問をして怒られた 言語聴覚士の学校ではクラスで一番質問した 論文も読んでも素直に納得しない 欄外に疑問点を徹底的に書く 健全な批判意識を持つ それらの結果、感性が磨かれる 矛盾点や非言及点に気がつくようになる

多くの論文は、人の研究を見てからはじめたものが多い すると同じような研究になる 追試という意味ではそれも必要な研究だが、オリジナリティは低い 自分は他の人がやっていたらやらなかった ただし後で他の人もやっていたことが分かったことはある ただし今までの報告より発展させられる自信があればする

例 以下の論文は世界で3番目に発見した症例 直前に講演会で前2つの患者の話を聞いていたのですぐにわかった 前二つの論文より良いものを書く自信があったので書いた 1997 Kiyoshi Yasuda et al. Dissociation between semantic and autobiographic memory: A case report. Cortex, 33, 623-638.

まず自分のひらめきや疑問を徹底的にかんがえる アイデアをしぼりだす KJ法がよい くだらないと思えることでも書き貯めておく

例 連続する談話の理解 この研究のアイデアは200ぐらいだした そのあとPsychological Abstractという抄録紹介誌を見てすでにやられているものを捨てた 残ったものは2つ 今後10年間他の人にはできないと思われるアイデアを採用した 英文の論文にするには10年かかると思ったからである しかし独創がすぎてアメリカの査読者が理解できなかった? 2年待って4人うち1人しか査読の返事をくれなかった 前例がないものは彼らも評価しにくい オリジナリティもほどほどに(?)

2000 Kiyoshi Yasuda et al. Comprehension of serially presented radio News story. Brain and Language, 75, (3), 399-415.

アイデアの希少性を考える基準を単純に考えると、そのアイデアにもとずく研究は

1 世界で一人しかやっていないものか

2 世界で数人がやっているか

3世界でやっているのを参考にしたものか、

で判断できる

自分は誰もやっていないものをやりたかっので “オンリーワン”研究を目指した 自分のアイデアを突き詰める それが正しければ世界でもやっている人やついてくる人がいる 日本では注目されなくとも、海外から原稿依頼が来たことがある

例 2000 Kiyoshi Yasuda et al. Brain processing of Proper names. Aphasiology, 14, (11), 1067-1090.

2007 Kiyoshi Yasuda, Rehabilitation through portable and electronic memory aids at different stages of Alzheimer’s disease. Les Cahiers De La Fondation Me’de’ric Alzheimer, 97-107, No3, September

ただし自分の考えのみにとらわれてはいけない 唯我独尊にならないように気をつける 徹底的にアイデアを出したら、次は徹底的に人のアイデアを見て自分のアイデアが優れているか検討する 孔子の言う「学んで思はざればすなわち暗し 思って学ばざればすなわち危うし」は正しいと思う 学会では「学んで思はざる」ものが多いが 自分はもともと勉強嫌いなので「思って学ばざ」る傾向がある 気をつけたい

ライバルのいない寂しさ

今までやった研究は

1 失語の人の談話の理解

2 同連続する談話の理解

3 同固有名詞の理解

4 ICレコーダなどによる認知症の支援

5 簡単メモリーエイドの開発

6 口腔ケア用具の開発

7 ITによる記憶障害や認知症の支援など

6、7以外は他の人がほとんどやっていなので、学会で発表しても議論する相手やライバルが少ない 追試する人が出てほしい

例外は、吸引歯ブラシの開発 ライバルを見つけ、作り直したらよい物が発明できた

2007 安田清ら 吸引器専用歯ブラシ「ハッピー」と照明開口器「ホタル」の開発 第4回日本口腔ケア学会総会学術大会プログラム・抄録集 115p 2007

マイナーなテーマだと他の研究者の論文で無視されることが多い 皆さんが論文を書くときは “研究者の良心”に従い批判はするも、無視はしない 無視したい論文があったら今やっている研究のオリジナリティが低いことを示す アイデアを練りなおし前の人を超えるようにする

発明と発見

研究には発明と発見がある どっちが難しいか 発明だと思う 前述のように発見は勉強をしていれば偶然できることがある 発見は不断の試行錯誤が必要 抽象的な理論は本人にも間違いがわかりにくい 発明は試作すると間違いがすぐにわかる さらに発明が特許として認められることは論文を認められるより数倍大変 論文では人と同じことを言っても通る 特許は却下される 理論的なことを言う人は多いが、発明もしてほしい 臨床上の道具、コミュニケーション補助具、新しい訓練法など、言語聴覚慮法の実質的な進歩につながるような発明を

最近、テレビでは“天才”ドクターシリーズが盛んである 本当にその人が優れているか素人ではわからない ただし彼らに共通するところがあった それは手術道具を自ら開発していることである 2007年11月年華岡青洲の資料館を訪れた 彼も手術道具を工夫していた よい仕事をするにはよい道具を開発しなければならない よい道具や方法があってその分野は実質的に進歩する 結果的に単純な道具でも大変な苦労がある 経験上、論文をかくよりも時間を要し、多くの試行錯誤が要求される

例 吸引歯ブラシは完成までに5年を要した。現在、服に着けられるメモリーエイドを試作しているが、5年間目に入った。記憶障害向け日記「記憶サポート帳」は最初の版から完成までに20年を要した。もちろん、1日や数カ月でできるものもあるが

患者を訓練するよりも、患者の障害が軽減できる方法が考えられるよう、自分の創造性を訓練することが大事 当院にきた実習生には1日1つのアイデア創出を求めることがある 最初のころのアイデアは散々だが、実習の終わりごろにはいくつか良いアイデアが出てくる この努力を10年続けなさいと学生にはよく言っている。

趣味や特技を生かす 絵を見るのが好きだった 特に前衛美術が好きだった 患者に具象画に限らず前衛絵画的なものをすすめてもよい 患者の作品を展示するギャラリーを作った これは言語訓練を超えたQOL訓練と言えよう 音楽も好きだった 現在、音楽工学者と重度認知症の支援法を研究している 新しい方法に留まらず、必要なら新しい分野を自ら作る

例 1993 安田清ら 障害者ギャラリー[リハビリ美術館:明日への窓]の院内設置とQOL. 総合リハ, 21, (11), 977-980.

例 音楽も好きだったので認知症の人への音楽を利用した“誘導法”を考えた 2006 Kiyoshi Yasuda et al. Successful guidance by automatic output of music and verbal messages for daily behavioral disturbances of three individuals with dementia. Neuropsychological Rehabilitation, 16, (1)、66-82.

夢をもとう

自分は人のやらないことをやりたかった やり終えた後は他のテーマに移った 同じテーマで研究を続けることは嫌だった その結果得られた結果が学会に普及していない しかしそれが性格で変えられない

一方、人のやっていることのちょっと先を行く人もいる 同じテーマをずっと追いかけ少しづつ進歩している人もいる どちらを取るかは本人の性格

少なくともこの仕事についた以上はこの分野の発展に貢献したい “自分”が研究したからこの分野の“この領域”は進歩したと思いたい

言語聴覚士になった1983年、アメリカの失語症の教科書が翻訳された それにいつか自分も名前を載せたいと思った 2001年それがかなった 20年一生懸命やれば、その分野や領域で世界に“多少”知られるようになると思う

夢をもとう そしてその夢がかなうことを信じて、若い方は努力してほしい

まずは 研究にむけて「はじめの一歩」を踏み出そう

よろしければ 安田のホームページをご覧ください 「千葉労災病院 安田清」で検索を

「体験的研究法:オリジナリティのある研究を目指して」

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